ローマの猫は世界遺産なんでしたっけ・・・
ローマでどれだけ出会えるか?と期待していたものの
実際にはローマでは見かけるような所に出掛けていないことに今更ながら気づきました。

イタリア滞在中に、出会えた猫たちは数えるほどでした。
カメラを構える暇もなく立ち去っていってしまうので
本当に悲しいくらい後ろ姿だけだったりもしますが
記念なのでここに掲載したいと思います。

まずはミレコロの写真から
我が家のお姫様 美麗(みれい)

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そして我が家の王子さま 心(ころ)

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次からはイタリアで出会った猫たちP5060465_convert_20110609002708.jpg

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イタリアでは今キティブームだそうで、至る所でこんなウインドウを見かけました。
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 2011_05_31



忘れてなどいません。ポンペイもちゃんと行きました。
ベスピオ火山もちゃんとこの目で見ました。
2000年も前にこのような文明があり、
文化、流通、交通にしても、食べ物にしても、装飾にしても、建築にしても
あらゆることが「さすが」だと思い知らされる古い遺跡です。

この時代にサウナや入浴施設で今で言うところのスポーツジムが存在したり
はたまた男性の遊び場が存在したりと、驚きの連続でもありました。
あまり多くは語りたくないのですが、人間の長い歴史の営みは
今も何千年前も変わらないということがわかりました。
う~ん、これ、ちょっとどうなんだろう・・・

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 2011_05_31



食いしん坊としての日記を書こうと思います。
イタリアのフルコースの特徴は
1 アンティパスト
2 プリモ・ピアット
3 セコンド・ピアット
4 ドルチェ

旅行中はもれなくこのスタイルでの食事をいただくことになりました。
中でも印象的だったのはナポリでのこと。
いつものようにツアー参加の15名で(これくらいの人数だと、とても仲良くなれます)
さあ、次はドルチェ・・・よそのテーブルに運ばれている「あれ」が運ばれてくるに違いない。。。
とそう思った途端に目を疑うような、てんこ盛りの生の果物たちが運ばれて来ました。

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一瞬皆の言動が止まりました。
「ど、どうします?」
果物をむけるようなナイフは見当たらないし、丸かじり?みたいなリンゴたちや
皮が・・・なラ・フランスだったり、産毛が痛いぜキウイ、、、、、
困り果てているところにツアコンの救いの手が・・・(因みにツアコンとこの日記では書いておりますが
旅行中はとても頼りになる若き女性で、誰一人『添乗員さん』と呼ぶこともなく
ちゃんと親しみをこめて名前で呼んでいましたし、とても仲良く過ごしました)
厨房に持ち戻られていった果物たちが戻ってきたらこのとおり。

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やればできるじゃな~い。
せめてこれくらいはしてよねっ!みたいな視線の私たち。
「イタリア人て仕事しないのかしら?」
「怠け過ぎよねえ。」
みたいな心の内を打ち消すかのようなツアコンの一言に
思わず
「え、ソウナンデスカ」状態だった私たちでありました。
つまり、このように刻まれてフルーツポンチみたいに出てくるものと
フレッシュフルーツではメニューの上でも提供スタイルが違うのだそうで。

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確かに私たちのメニューには『フレッシュフルーツ』とありました。
はい、お見それいたしました。

・・・と、また違う日に出ましたよっ「生果物」が。
確かここはポンペイの遺跡のところにあるレストラン。

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ナポリでの出来事があったので心の中で「出た~またこれだ」と思いつつも
何も言わずににいただきました。
これがとても美味しいんです。

美味しいと言えば、オレンジはとてもおいしくて、
フレッシュジュースもそれはすばらしいものでした。
オレンジの種類によって赤だったり黄色だったりしますが、どれも美味でした。
そしてまた、
街路樹にオレンジの木が並ぶというのもイタリアならではの光景でした。
街路樹にオレンジってどうなの?と思いますけど、当たり前のように実もなっていて
とても不思議でした。誰ももいで食べることは無いそうで、それもそうですね。

石畳に落下した果物は誰が片付けるのでしょうか???
その疑問は疑問のまま持ち帰りましたが・・・



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 2011_05_30



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歌姫のあと、体力ももうそれほど残っていないと思いつつ
ここまで来てコロッセオを見ずに帰るのですか?
ということで、靭帯を傷めた直後の私の足首にむち打って
石畳をひたすら歩いてたどり着いたとたん
またまた「来た~っ」と叫んでしまいました。
ライトアップされているコロッセオは輝いていました。

4万人の奴隷を使って8年で建てたと言われているコロッセオですが
闘技場なわけですから、ここで殺生があったということでは少々複雑な思いもいたします。
300年もの間その闘技は続けられたというのですから・・・ちょっと怖さもあったりします。

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 2011_05_28



ローマの夜の前に昼間の続きがあります。
2泊滞在するので、テルミニ駅近くのホテルを希望したので
朝早く市場が並んでいるところなども散策出来たので少しだけ紹介したいと思います。
まずはホテルの部屋から。

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グリーンに赤い模様のカーテンとベッドカバーがお揃いで
とっても可愛らしい印象の色合いに、「この柄のワンピースが着たい」と思ってしまいました。
日本に帰ったらこういう生地を探して作りたい・・・
何を見てもハイな私には常に何かを思っているのでした。

さて、イタリアのバスルームの事情は、とっても高級なホテルで無いと
シャワー文化のようで、バスタブというものが無いのが普通のようでした。
あったとしても、入るためにあるのとはちょっと違うような・・・
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こんな感じなんですね。

ホームエレベータみたいなものもあると、表示が
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こんな感じです。
昔懐かしい密恋のエレベータを思い出すような扉の二重構造、しかも重い扉を開けると
妙にはしゃいでしまいます。

お迎えのバスが車での時間に、ぶらぶらと街を歩いてみたところ
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色とりどりの野菜が所狭しと並ぶこんな市場を発見しました。
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葉ものもこんなグラム単位で購入なんでしょうね。
日本みたいに1束になどなっていません。

ちょっとお隣を覗くと、大好きなものがずらっと。
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あまりにお安い値段なので2つほど買い求めました。

そしてまた隣にはこんな肉やさんが。
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ついでに載せてしまいますが、ローマの松はこんな感じで、背も高く
上のほうにこんもりとした葉で丸くなるんですね。
単に下の枝を落としたというだけではなさそうです。

さて、昼間はその1に書いたとおり、ランチにはこれまで食べたことのないような
濃厚なカルボナーラに舌鼓をうち、買い物をし、ホテルに一旦戻ってシャワーを浴びてから
夜の部へ繰り出しました。

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ローマ市内の交通渋滞はけっこうなもので、ローマと言わずイタリアは路上駐車天国なことにも驚きましたが
小さい車がたーくさん走っていることにも驚きました。
ちょうど私たちが到着した頃は、何曲か歌われている様子で、
歌姫の「わすれな草」を聴きつつ着席したのでした。
ん!始めから聴きたい!
この歌・・・附属高校の合唱部の持ち歌だった!!!
懐かしいやらタイムスリップするやらで、帰る時間直前にようやくリクエストも出来ました。
リクエストしたらテーブルで歌ってくれて、これもまた感激でした。
もちろん、この歌姫(ソプラノ)と相方の男性(テノール)のCDも購入してあげました。
ときどき部屋で聴いています。

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左側はリクエストにこたえてくれた『わすれな草』を熱唱中の歌姫です。

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 2011_05_28



ローマというとどうしても古い遺跡ばかりを思い浮かべます。
そしてどこまでも続く石畳の道路に路面電車や行き交うバス、観光客。 
朝早くから夜遅くまで人々に活気のある古い都市ローマ。
どうも日本でいうと東京=東京タワー?みたいな決まりきった観光地、見物というのが
あまり好きではないあまのじゃく故に選んだ今回の弾丸ツアーも
ミラノからジグザグに南下して一日だけローマの公害に途中経過地点として宿泊したものの
最後の2番はローマで終わるという寸法です。

このミレコロ日記で紹介してきた順番は気まぐれに思いついたままに載せてきました。
まだ書きたい訪問都市も残っていますが、ここで締めのローマを書いておこうと思います。
なんていうとカッコいいのですが、観光より買い物(汗) みたいな感じでもありまして。。。

定番が嫌いだなんていう不届き者はちょいと置いておき、
やはり訪問せねば始まらないここだけは、ということで訪れたのはサン・ピエトロ大聖堂
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その昔、エジプトから持って来たというオベリスクも青空にそびえ立っていました。
日頃の行いが大変よろしいので!全日このような青空で日焼けして帰国することになるのですが
まったくもって強運のツアーご一行さまでした。
あとでまたこのバチカンに戻って来るのですが、とりあえず大聖堂だけは外せませんので全員で。

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セキュリテリチェックも空港並みにごった返しています。

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大聖堂の一番奥にある聖ペテロの司教座のあるところです。
光輝くものはステンドグラスではありません。
石を薄く、どこまでも薄く切り、自然の光で輝いているのですから凄いことです。

はしょって次に参ります。

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こんなところも見つつ

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芋荒い状態のトレビの泉でしょ
もう建物全部入らないけどいいや、えいっ。という感じで
人をかき分けるので精一杯でしたっけ。
トレビの泉から、これもまたごった返す道で絵描きのおじいさんがこぞって見せ開きをしています。

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しばらく歩くと、はい、そこはスペイン広場です。
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ここでジェラートなんおをほおばる人は居ません。
ジェラートなどを売るお店は絵描きのおじいさんの居たあたりに集中してありますが
この界隈には有りませんでした。
階段に座って眺めているのは・・・くるっと振り向くとブランドショップの立ち並ぶ小道が見えるんです。
ここは原宿かしら?という感じの混み具合です。
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行く気も失せます(苦笑)
いいやせっかくここまで来たけれど、グッチのバッグはローマ三越で買います

時間ももったいないので、階段を昇り始めます。
お迎えのバスはこの階段の上のほうに来てくれるはずなので・・・ゆっくりと昇りながら人間ウオッチングも出来ました。

一旦皆さんで集まりテルミニ駅にほど近いローマ三越で解散、自由行動となった最終日です。
ランチも思い思いのところで、ですが、買い物もしたいし、時間もないし、でどこが美味しいかと尋ねて
とっても美味しいカルボナーラにたどり着きました!
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もちろん恒例のアルコール付きで(いいのかなあ・・・旅行の間中、ワインだー、シャンパンだー、ビールだーと
飲まなければオレンジジュースなま絞りっていう食生活・・・食べ過ぎ飲み過ぎでしたね)

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さて、そうしてやって来た午後ですが、これから感動もののバチカン美術館が始まるわけです。
バチカン美術館については前の日記で紹介したのでここには書きませんが、
美術館の入り口の写真、わくわくしますね~。

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ちょっと長くなりましたので、その2に分けることにします。
次の日記ではカンツオーネの歌姫のことも書こうと思います。



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 2011_05_27



北イタリアのベローナといえば愛の街と言われているロミオとジュリエットの舞台で有名なところです。
世界遺産としては珍しく落書きが許された唯一の壁がありました。
みんな思い思いに自分や恋人の名前を書いていましたね。

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人ごみでごったがえしていたので、書き込んでいる様子は写真に撮れませんでしたが
このアーチ状の入り口の壁(右側)がそれです。
そしてこのアーチを抜けると有名なバルコニーが見えます。
2階の右手にある、なんということはない小さなバルコニーです。

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西洋人の観光客がそのバルコニーに立つと、なんだかヒロインになったような気分になれるみたいです。
入場料がかかりますし、人であふれていたので私はそこには入らずに
ベローナの街の広場に広がる屋台を見て歩きました。

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こんな屋台で見つけたムラーノはキャンディみたいなネックレスです。
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そしてまた忘れてならないのが「古代ローマ円形劇場」です。
今にも崩れ落ちそうな様子を呈していますが、まだまだ現役で活躍中とか。
音響が抜群だというこのコロシアムでは、毎年夏の野外オペラコンサートが開かれて
世界中からこの小さなベローナの街に人々が押し寄せてくるそうです。
定番は『アイーダ』だとか。
う~ん、そんな野外オペラを聴きに、この北イタリアに訪問できる人々がとても羨ましいです
折しもドラムの音が何かの準備でリズムを刻んでおり、鳴り響いていました。
確かにその響きの素晴らしさは想像に容易いものでした。

オペラといえば、鑑賞する時間が今回は無かったので
せめてものということで最終日にはオプションでカンツオーネの夕べに繰り出しました。
次の日記ではそのローマの夜を書きたいと思います。

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 2011_05_25



水の都・・・朝早い時間だったので、水面に光るきらきらの太陽に
興奮冷めやらぬ「まるでおとぎの国」、はたまた「TDL?」
そう、ここはヴェネチアです。

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ゴンドラに揺られる前に、写真の裏手に見えている街に上陸し
サン・マルコ広場かfら石畳を通り抜けてリアルト橋まで散策をしました。
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これはサン・マルコ寺院ですが、黄金のモザイク画や装飾の美しさはとにかく圧巻です。
中央上のバルコニ-に4頭の馬がいますが、これはレプリカですが、もとはコンスタンティ-ノ-ブル競馬場にあったものを
第4回十字軍によって運ばれてきたというものだそう。
柱も全ていろんなところから運ばれてきて、大切に装飾に使用している様子も分かります。

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モザイク画にしてもこの素晴らしさは、説明を受けるまでは油絵にしか見えないくらいの美しさです。

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ヴェネチアの街を一望できるという鐘楼は高さ96.8メートル。鐘楼の頭頂部にはガブリエル大天使像が風見鳥よろしく向きが変わります。

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ドウカーレ宮殿はヴェネチアの富の象徴として9世紀にたてられたそうですが、14世紀頃にゴシック様式に改装され、共和国時代は総督の邸宅だったそうです。ヴェネチア派によって描かれた天井がや壁画、もちろんモザイクがなど見るもの全てがとにかく美しいものばかりです。

何年か前にlpの宮殿もあるサン・マルコ広場が水没すると騒がれていた時には
この柱も水びたしだった記憶があります。

そういえば・・・
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宮殿に向かう少し手前の橋から垣間見た地盤沈下によるものと見られる塔の傾きを発見・・・

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話を戻します。
宮殿の柱に施された人間の種類とでも言いましょうか。
東洋人、西洋人という分類のみならず、なんとも分かりやすいアジア系、モンゴル系の顔だったりギリシャ系の顔だったりが特徴をつかんで彫刻されたものです。
なかなか面白いです。

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時計塔の時計もこんなにおしゃれです。

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ヴェネチアの景色として最も有名なところはこんなところでしょうか。
何をするにもまず船に乗らなければならない生活って想像が出来ませんが
少しだけ観光客として滞在するには面白い街だと思いました。
再訪場所の一つに挙げたいと思います。




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 2011_05_24



そんな街があるとは知りませんでした。
洞窟住居。
「サッシ」と呼ばれるその住居はかつて貧民窟と呼ばれていたところだそうです。
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最初にこの景色を見た時には、なんて石だらけの乾いたところなんだろうか・・・と思いました。
整備された街中にある井戸もこんな感じです。
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800年前くらいの再現された室内に入ることが出来るので、そこで説明を聞きながら
室内を写真に収めてみました。
住宅といっても家畜(馬など)と一緒に、同じ部屋で暮らすような家です。においも相当だったのではないかと想像します。
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でもキッチンは何故か「可愛い」と感じるようなおままごとでもしたくなるようなとでも言えば良いでしょうか、
そんな昔に造られたような気がしないものでした。
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整備された地区の全景はこんな感じですが
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昔のままの雰囲気がよく分かる谷まで歩いて見た景色は、少々様子が違っていました。
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山肌に見える穴、穴、穴・・・それらは谷の岩場の、しかも斜面を掘って造られた洞窟のような住居です。
第二次大戦後にイタリア政府が住民を強制的に移住させて貴重な文化遺産の保護に乗り出したことから
街の整備が行われ始め、18年前に世界遺産に登録されてからはその貧民窟と言われていた洞窟住居が
世界中のお金持ちから注目され始め、およそ3千万円程度の費用を払い、この住居を購入して暮らし始めているそうです。2枚目の山肌の険しいところは整備が困難だったようで、電気も引くことができなかったそうです。


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 2011_05_23



「ナポリを見ずして死すべからず」まずこう言われているというナポリは
1960年以来姉妹都市提携していて、鹿児島通り(via Kagoshima)というところがあるそうです。
あるそうです・・・というのには事情がありました。
ナポリの治安の悪さはもの凄く、市内観光は車窓からが当たり前になっている昨今なのだとか。
私たちの一行もナポリで1泊しましたが、なるべくホテルからは出ないてください
という注意がされ、
出掛ける時もバッグ類など持ちものなどは持たずに、必要最低限のものだけで出掛けてください
ということでした。
車窓観光をしていても、なるほどそのひどさはひしひしと伝わってきます。
まず驚いたのは街中がゴミの山でした。
ゴミ袋に入って積まれてるのはまだましなほうで、街中にゴミが散乱しているのです。
何故?観光客がこれじゃ寄りつかなくなるでしょう?
どうしてこんなことに?
道行く車はクラクションの鳴らし放題、バイクの多さとひったくり多発の話なども聞きながら
ナポリ歴史地区は世界遺産だというのに、二度と行きたくない街になってしまいました。

ほんの一瞬外に出られたのは、たまご城の近く、高級ホテル街の一角だけでした。
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そして13世紀にアンジュー家が建設したというヌオーヴォ城
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世界三大夜景というものがありますが、ここナポリはその一つに挙げられています。
ナポリの他は函館そして香港ですね。
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夕暮れ時の海辺の景色ですが、夜になるとこんな夜景が広がるようです。

高台から見ないとこのようには見えませんし、怖くて夜間の外出をしなかったので
これはネット内からの借用画像です。
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ナポリの翌日はアマルフィに向けてひたすら南下です。
このイタリア旅行日記の最初に掲載したアマルフィです。
途中ソレントに立寄り、街を散策しながらランチをしました。
遠くにベスピオ火山が聳えていて、
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行程の後で見学予定のポンペイに思いを馳せながら
今はひたすらに目指せアマルフィ その前にソレント。
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南イタリアの風を感じつつ・・・

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ランチをいただいた店内には壁一面ベスピオ火山の噴火の様子を描いたものばかりが飾られていました。

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さあ!そうしてやがてツアーのバスはアマルフィ海岸(世界遺産)へと進みます。
ポジターノの展望台からアマルフィ海岸一帯を見下ろします。
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アマルフィ海岸一帯は手描きの陶器の産地だと言われるだけのことはあって
カラフルで好みの一品を選ぶのも大変なほどです。
私は自宅のお土産用にと決めていた大皿を一枚、大事に(重かったですが)持ち帰りました。
このお店では探しきれず、アマルフィの街の中のお店で普段あまり迷うことの無い私が珍しく
迷い迷い買い求めました。

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桟橋から見ると街はこじんまりとしています。


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ドウオモ

10世紀に建て始められ、13世紀に聖アンドレアの遺骨が奉納されて拡張したそうです。
天使の回廊と言われる13世紀の貴族の墓地として作られているので、一部の棺がそこここにあります。
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内部は18世紀のバロック装飾で豪華絢爛。
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このアマルフィには土産物が沢山あります。
特産品のレモン(これがまた巨大!)を使用して作られるレモンのリキュールはレモンチェッロと呼ばれ
手作りの伝統的な配合により、アルコール度数は30度位だとか。
冷凍庫でも凍らないそうです。
イタリアでは食後にこれを少量くいっと締めに飲まれると、かつて恵比寿のイタリアンレストランで教えていただいたことがありました。
そしてまた、イタリアで最初の手透き神が作られたという清流を利用してのものは
ここアマルフィだけに見られる製法だとか。13世紀のことだそうです

イタリアは何を見てもどこを見ても、凄いです

アマルフィをあとにした私たちは、更にブーツの踵部分に位置する街へと進みますが
手前に位置する塔の街や洞窟住居のあるマテーラなどにも立寄ました。
次の日記では洞窟住居のあるマテーラ(世界遺産)を書こうと思います。

追伸
ナポリから渡るというカプリ島・・・青の洞窟で有名ですが、ここの観光は運不運が多大に働く名所のようです。
何日も滞在して、チャンスを狙える観光客で無い限り必ず見られるということが無いそうです。
何しろ入り口が狭く、この日も他のツアーご一行さまが青の洞窟を見る!といううたい文句で
参加されているにも関わらず、しかもこんなに晴天なのにも関わらず、洞窟には入ることが出来なかったそうです。洞窟や離島はあこがれもありますが、ここを省いたツアーで正解だったようです。

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 2011_05_22



夕べ、ふとテレビをつけたら竹内豊がフィレンツエへの思いを語る場面がありました。
「冷静と情熱の間・・・」私もかつて2冊とも読みました。
男性の視点と女性の視点の違いに、ふむふむと頷きながら読みました。
そして映画も見ました。
舞台がここであること、そう間違いなく。

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基本的には青空なんですが
撮るカメラが違うと色合いがこんなに違ってしまうところ・・・不思議です。
(一部カメラ内合成という機能というものもありますが)

この景気が私をずっと呼んでいたんです。
もう言葉なんて必要有りません。
小高い丘の上の展望台からフィレンツェの街が一望できますが、
このあと、街の中心に見えているドウオモを間近に見ることに・・・

どこまでも続くオレンジ色の屋根と青い空。
う~ん、ここに暮らしてみたい!

芸術の香りがするのは言うまでもありません。
ウフィッツィ美術館ではルネッサンス芸術の象徴でもある
ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」や「ラ・プリマヴェーラ」
レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」
ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」
ラファエロの「ヒワの聖母」
カラヴァッジョの「バッカス」
東方の三博士が未来のユダヤ追うの誕生の知らせを受けてヘテロのもとを訪れた話が描かれている
ジェンティ-レ・ダ・ファブリアーノの「東方三博士の礼拝」
フィリッポ・リッピの「聖母子と二天使」
などなど、これでもかというくらい名画が堪能できます。

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ここは美術館の出口ですが、どこもみな観光客で人が沢山で
とてもニュ条件を購入して並んで、などとやっていたらいつまでかかるのか分からないほどの人ごみでした。
幸いツアーで予約してあるので、先に入場も出来ましたし、中に入ればもうそこは別世界ですから
ちょうだの列を並んだことなども、疲れも何もかも忘れてただひたすらに絵画に鑑賞に没頭です。



さてここのドウオモことサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は
とても大きな教会です。
赤・白・緑の大理石で建てられています。(この色には意味があります)
また上空から見ると十字架の形で建てられています。
1200年代に建設が始まったというのですから日本では鎌倉時代、それもまたびっくりっするほどの文化の違いを感じました。

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建造物はどれも大きくてカメラに収まりません。
このクーポラの見晴し台へは螺旋階段で20分以上かけて登ることが出来ます。
自力で時間をかけて昇り、色んな思いを馳せながら眺めるフィレンツェの街並は
どんなにか美しいでしょうね・・・残念ながら登る時間も健康もなかったので
いつかまたゆっくりと訪問したいと思います。

この日のランチはというと、まずは旅行中毎回のように(朝以外は)ワインをいただいていましたので
まずはこれです。
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DOCGクラスのワインを頂戴しました。
イタリアワインの基準で最高の品質を意味するそうです。

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そして野菜たっぷりのスープ1皿に
オリーブオイルとバルサミコ酢、塩、程度のマイセルフドレッシングでいただく野菜サラダ
そしてこれで一人前というピザです。更にデザートもしっかりつくのですが
旅行中はこれが基本の食事のスタイルでしたので、間違いなく食べ過ぎでしょう(笑)

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よく歩き、よく食べて、よく眠り、猛烈な距離の大移動をした旅でした。
次の日記ではナポリ、そしてソレントからアマルフィのことを書きたいと思います。






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 2011_05_21



ピサの斜塔はいろいろと問題があって、
傾きを止められないとかで(?)しばらくの間建物の内部に
入ることが出来なかったそうですが、2年ほど前から「あと200年は大丈夫だろう」ということで
入場制限制(時間と人数)で、上まで登ることが出来ます。

どれだけ傾いているんだろうかと
実物を目の前にするなり「あああっ、本当だ」と叫んでしまうあたり
今回の旅行では幾度となくそういった感嘆する場面に遭遇したか知れません。

ところが不思議なことに、実物を見ると明らかな傾きが
デジカメや携帯などで撮ると傾いて見えないという現象が起き
みんな苦心して何とか傾きを写真に収めようとしていました。
大理石で出来ている塔は58メートルほど。
その昔ガリレオも登ったとか。

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人と比較してみるとこんなに傾いているんですね。
傾斜は4メートルほどだと言われています。
北側と南側では高さが85センチ違うそうです。

さて、私は足の靭帯損傷で300段の階段を上って降りて来るほどの回復をしていなかったため
断念し、あいた時間で教会(ドウオモ)と数百年かけて建設された先例堂、
フレスコ画を展示しているシノービエ美術館などを見学しました。

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まずは教会から。
1063年から建設されて12世紀中盤に完成したというピサ/ロマネスク様式の建築物です。
数世紀に及ぶ改修などで、様々な様式がとりいれられイスラムやビザンチンなどの影響が混在しているのだとか。
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そして美術館です。
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壁に直接描いていくというフレスコ画の下絵が展示されています。

先例堂では課k裏員が声の響きを30分ごとに披露してくれます。
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ここはこれらの建造物とともにこの広場一帯が世界遺産となっていて美しい緑の芝生には
定期的に散水が施されていました。
付近の駐車場では(イタリアでは遺跡の近くまで大型車が入っていくことが許されていないため
鵜腰は慣れたところから歩いて見に行くのですが、このピサでは駐車場にこんな糸杉が並んで
私たちの目を楽しませてもくれました。

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さて、このピサに訪れる前に立ち寄ったところがフィレンツエとなります。
次はフィレンツエについて書こうと思います。



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 2011_05_17



食いしん坊日記なのに食べ物がなかなか登場しませんので
ここでミラノ風カツレツのお話をしたいと思います。

仔牛肉をたたいてたたいてよくぞここまで薄く伸ばせる!というくらいの薄さにしたあとに
塩こしょう、パン粉→卵にはパルメザンチーズを入れて
焼くというか揚げるというかそんな感じで作られているような食べ物です。
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さてこの日のランチではこのミラノ風カツレツの前に
サフランリゾットが出されました。
イタリアではパスタだけではなく、ご飯で作るリゾットもよく食べられているようです。
イタリアも来たと南では食文化に多シィウの違いがあるように見受けられましたが
ミラノではこの代表的なサフランのリゾットは一つ目のお皿ということで
コース料理のごとく一皿毎にたいらげていくのです。
日本の白いご飯におかずという感覚では無いようでした。

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サフランの産地は地中海沿岸で盛んであり、希少価値の高いもので「食べる黄金」と言われていたそうです。
この黄金のリゾットはまさに贅沢な1品なんですね。
食事の仕方、進め方にもびっくりしながらも、ランチでのワインは当たり前ですし
デザートもしっかりと出てくるのですから・・・食べることが大好きな、そして大事にしている国民性だということがよくわかりました。




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 2011_05_16



羽田空港から香港を経由してミラノ空港に到着した頃は
自宅を出てから1日がたったような時間の流れでした。
早朝に到着し、
疲れは空港からミラノ市内までのバスの中で少しほぐしつつ
すぐさま市内観光開始です。

車窓から目的地までの景色を堪能しつつスフォルツィコ城などを経て
スカラ座広場からエマヌエーレ2世アーケードを歩く頃には
既に心が踊る状態になっていました。

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アーケードの足下に施されているタイルはどこもかしこも美しく
下ばかり見て歩いて終わってしまいそうなほどです。
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数日まえにテレビで見たばかりの再びミラノに戻って来られる
というおまじないのタイルもほどなく発見し、照れながらもやりました。
と、ここまででそんなに興奮してる場合じゃないっていう衝撃がこのあとにやってきました。
連日の仕事が忙しくて、ろくに予習も出来ずに参加したツアーのため
連れて行かれるがままというのが、よりいっそう興奮させてくれたのでもありますが。

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500年もかけられて完成したというこのドウオモ。
あまりにも大きすぎて全部を写せませんでした。
ゴシック建築の壮大さに圧倒され、思わず「来た~っ」と叫んでしまいました。
弾丸ツアーでなければここで一日過ごしたいくらいの衝撃でした。

有名どころなので説明は省略しますが、
タイルに惚れるうつむき見学の写真を少しだけ紹介します。

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太陽暦のラインは入り口近くにあります。
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下ばかりでは何ですので、ステンドグラスもひとつだけ紹介します。
ステンドグラスの色合いもすばらしく、壁にかけられている絵画も相当数ありました。
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これは小さい窓ですが、縦長の見事なステンドグラスもたくさんありました。
そして、何は置いてもこれは実物を見るのが一番だと実感しました。
壮大さ、荘厳さ、美しさ・・・あまりのすばらしさに観光客は口を開けて上ばかり見ているためなのでしょうか
花売りだったりミサンガ売りだったりが近づいてくる広場では、スリもまた多いらしく
とにかく注意に次ぐ注意が必要だったのが玉に傷です。

たまに傷と言ってしまうと失礼かも知れませんが、アーケードにあったマクドナルドもまた異様だったので掲載します。有名ブランドショップや一流レストランが連なる中で、しかもアーケードの真ん中の一角にあるマックです。
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 2011_05_15



イタリア旅行の楽しみは
1.おいしい食べ物
2.古代遺跡
3.美しい建造物
4.美術とくに絵画と彫刻
外にも豊かな自然、ワイン、オペラ・・・挙げたら切りもなくあります。

中でも楽しみにしていたのがバチカン美術館でした。
「最後の審判」の壁画のあるシスティナ礼拝堂に立って、修復されて色の戻った一連の絵を見ることでした。
1508年から4年間に渡る制作日数を費やしてミケランジェロはここに立ち描き続けたというだけでも
当時を想像するに迫力が有りすぎて感動せずには居られません。
絵の説明はあまりにも有名なので省略しますが、壁画から続く天井には
アダムとイヴの創造で人差し指同士が触れるか触れないかの二人の指・・・映画E.Tのあの有名なシーンのヒントとなったというエピソードもあるそうです。
テーマはキリスト以前の人類の歴史です。光と影を作るところから始まります。以下省略しますが
天井画といってもこれは直接天井に描くフレスコ画です。
上を向いてこつこつと描くなんて・・・創造を絶する作業です。
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下の写真の正面に見えている「最後の審判」の壁画ですが、これは天井画が描かれた20年後に作成されたそうで、
教皇クレメンス7世の依頼を受けて作業を開始したのは後継者プルス3世の時代だったそうです。
時は流れ、薄汚れていたこの絵画たちを、
これもまた4年の歳月を費やして修復したのが1994年のことなので、
17年前ということになります。
だから、やっぱり新婚旅行で行かなくて正解ということになります(いきなり現実ですが)。

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バチカン美術館は
この絵を見るまでにも数々の彫刻や絵画、床のタイルまでもうっとりするほどの美しさ
天井も壁も余すところなく芸術作品で埋め尽くされています。
数時間の滞在ではとても足りませんが、イタリア人の日本語による説明を受けながら見学出来たことが
何よりも楽しめた一因でもあります。
イタリアは観光業を守る国だということも初めて知りました。
国で認められた有資格者がガイドをしなければいけないそうです。
日本から同行のツアコンなどが勝手に説明することは禁じられていて
必ず現地のガイドさんが就いて通訳という形でのツアコンの説明なら許されているようです。

以下、名付けて(私の)うっとりコレクションの一部から。
入館して間もなくからこの雰囲気・・・すごさを予感させる序の口(だなどと言えた義理ではありませんが)

床もこのように素敵なタイルです。
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ラオコーン
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旅行の始めはミラノでしたが、そこのアーケードにあった床もこのバチカン美術館の床も
天然石のモザイクで、どの絵もスカーフに見えてしまうほどの美しさにうっとりです。
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ちょっとぼやけてしまいましたが、見学者も多くて
ゆっくりと写真も撮れる状況ではありませんでした(苦笑)
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天井の豪華な装飾も何もかもがこんなに長くどこまでも続いています。
首が痛くなるほど上を見て壁を見て床を見て・・・
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この壁には大きな織物が。
天井はだまし絵のごとく、陰影を施されているために立体的に見えますが、平面の絵です。
しっかりと騙されます。
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これは大きな一つの石に彫刻を施し削られて作られた棺です。
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ほかにもまだまだ沢山ありますが、きりもなくあるので
満遍なく何となく掲げたところでバチカン美術館は終わりにしておこうと思います。
ほかにはサンピエトロ寺院の建物内部もすばらしかったので追加しておきます。

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一つ日本とは全く違うと痛感し感激したのは、このような芸術作品を
フラッシュさえたかなければ撮影が許可されている点です。
世界中からはるばるやってくるのですから、そう度々訪問も出来なければ
写真に収めておきたいと思うのは人の常だと思います。
日本はことごとく秘密主義というか、隠したがり、撮影なんてとんでもなく
そんな点でも残念ですがイタリアには歴史的にも人類的にも勝てないなあと感じました。
(勝ち負けでは無いのですがもったいないことです)

さて、次の日記では建築の壮大さを堪能したミラノのドウオモについて書きたいと思います。






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 2011_05_14



なんて可愛らしい家並みなんでしょう!
この世界、小人さんが出てくるんじゃないかっていうくらいの美観です。
まずは全景から。
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そして近くで見るとこのような石積みで出来ている建物が並んでいる様子がよくわかります。
屋根の部分に描かれているのはその家の家紋とでもいうか、信仰する宗教に由来するものなどもあったりと
様々な模様が見られます。

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一つの屋根に一つの部屋があり、これらは連なってどこまでも奥深くに延々と続きます。
壁の暑さはなんと130センチというのですから、暑さ寒さもなんのその。
地震にも相当な自信がおありのようです。

このトウルッリと呼ばれる建物は、その昔15~16世紀頃に出来た家屋で
貧しい農民が家屋にかけられる税金から逃れるために
「直ぐに取り壊せる建物」を作れということで石積みの家となったようです。
積み上げては壊すという発想にしても、凄い重さの石ですから・・・
想像するだけでも重労働です。

さてその構造はといえば、石灰岩の切り石を漆喰を使わずに積み上げて作られていて
屋根は円錐形に積み上げられています。
白く塗られた壁は漆喰で、週末にその家の奥様が塗る慣習があるそうです。
およそ1400軒も立ち並んでいる丘はそれほど広いところでは有りません。

居住地区が密集するアイア・ピッコラ地区には400のトルッリが立ち並んでいます。
観光地として現在発展しているリオーネ・モンテイ地区にはお店やレストラン、
BAR(バールと呼びます)などがあり、約1000軒も立ち並んでいるそうです。
全景(遠景)のこの地域は、街の広場であるポポロ広場から
ちょうどその土産物店などが立ち並ぶリオーネ・モンテイ地区方向となります。
ちなみに、このアルベロベッロは日本の白川郷(いずれも世界遺産)とは姉妹都市だそうです。

漆喰で白く塗られていることは、一つは明るさや広さが感じられること、
大切なもう一つの役割は疫病を避けるということだそうです。
街には病院はなく、ホームドクターが居て電話でどうしたらいいか指示をもらい
必要に応じてよその街の病院にかかるということですから
健康管理目的も果たし、漆喰は石灰岩から作られ天然素材で体にも優しくて
居住者は誇りを持って暮らしているように見えます。
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アルベロベッロのある場所ですが、
南イタリアのブーツに例えられる位置で言うならば、かかとの部分に当たるところです。
古代の地図ですが掲載してみます。
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これはバチカン美術館の中にあったイタリアの地図の絵画です。
廊下を挟んで右側には1580年代頃のローマ沿岸(南のほうから北に向かって進みます)地方が、
左側には古代ローマ時代を表した総勢40枚ものフレスコ画です。
次の日記では大感激したそのバチカン美術館の様子を書きたいと思います。




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 2011_05_14



現地でいただく料理に必ずといって良いほど登場するのが
オリーブオイルとバルサミコ酢でした。

オリーブオイルも種類は豊富にあり、産地もまた様々で
バルサミコ酢も何年も寝かせた年代物のコクのあるものもあり
値段はぴんきりです。
アマルフィで買い求めなかった後悔(笑)から、南イタリア周遊の間に必ず入手するんだという思いで
塔の街サンジャミーノ(世界遺産)の街で探した大皿で
さっそくサラダをイタリア風にいただきました。
オリーブオイルとバルサミコ_convert_20110514133533

オリーブオイルの小瓶に描かれているとんがり屋根の絵はトウルッリと呼ばれる建物で(世界遺産)
アルベロベッロの土産物店で買い求めたまさにオリーブオイルの入れ物です。
家に残っていたオイルを先に消費したいので、中身は残念ながら今回の土産物のオイルではありません。
(オイルの色も様々なので、今後この入れ物で比較してみたいと思います)
次の日記ではアルベロベッロについて書きたいと思います。

そうそう、忘れてならないのは
イタリアンなサラダは、ごく数種類の野菜を盛り合わせたものに
オリーブオイルとバルサミコ、塩や胡椒などはお好みで
もしくはレモンをしぼってなど、ごくごくシンプルな食べ方が主流のようです。
私たちが日頃イタリアンドレッシングだと思って食べているものとはちょっと違うようです。
ただこのシンプルな食べ方は、忙しい台所をまかされている主婦にとっては
ありがたい食べ方です!何せ、マイセルフで各自の好みで、ですから。
ですから「さっそくイタリアン」(笑) 

写真右奥に少し見えている小さいボトルが、バルサミコ酢の10年ものです。



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 2011_05_14



思えばヨーロッパへの思いを募らせ始めたのは中学生の頃でした。
当時私は音楽家になるための教育が家庭の中で徹底的に行われていました。
勉強もだんだん難しくなって行く中、ピアノに向かう時間がメインで
元日くらいしかピアノの練習は休めませんでした。
将来の進路を考え始めたころ、好きな音楽家は?学びたい音楽家は?
いろいろと考えるとおぼろげながら言語の習得が必要であることがわかりました。
音楽とドイツ語は切り離せない関係にありますが、話言葉としての魅力は感じず
フランス留学をいつかするんだ・・・みたいな思いが膨らんでいったものでした。
旅行だけでもいいから・・・そうして始まった中学2年生頃からのフランス語の勉強でした。

その頃はまた、父がイタリア語の勉強を仕事の合間にしつつ、
旗ふりツアーなどではなく自分で言葉を操ってのイタリア旅行をしていたことに
とても刺激を受けていた頃でもありました。
でも、イタリア・・・?ふうううん・・・ふるい建物見て面白いのかなあ?みたいな少女でした。
父が手にしていたイタリアの丘という大人向けの絵本が
妙にその後も脳裏にひっかかったままずっと時が過ぎました。

26歳の時、今の夫と知り合って27歳の誕生日に結婚式を挙げ、新婚旅行はどこにするか?
という時にもまだ私の頭の中ではヨーロッパはまだ早いんじゃないだろうか。
そう思っていました。
だから新婚旅行はニュージーランドにしました。
今から23年前のニュージーランドは、日本からの観光客がうじゃうじゃ居るような所ではなくて
自分たち以外は西洋人という感じで「旅行してる」という気分が最高に味わえるところでした。
夫は「ヨーロッパに行きたい」とずっと言い続けていたのですが(苦笑)私の意見勝ちでした。

人間は時とともに学んでいく生き物であることを実感したのが
今回の旅行の計画をたてる時でした。
子供の学校は縁あって小学校から全てキリスト教主義の学校だったため
行事のたびに、学校と子供を通して学ぶ宗教が、
今回の旅の要所にぴりっと程よいスパイスとして効いてくれました。

そろそろ、ヨーロッパいいかも。。。
それまでの人生で蓄積されてきたもの、現在勤務する建設会社という職場環境から受ける刺激が
建物について興味が沸く絶好の機会/環境だったことも手伝って、
行くならイタリア!となったわけです。

計らずもイタリア統一150周年に当たるという今年は、
テレビでも毎週のように紹介番組があり、おいでおいでと呼ばれ続けてきました。
10日間で13都市も回るツアーに決定したのは3月の始めでした。
毎年5月の連休はまとめて休める唯一の旅行時です。
ツアー料金もバカ高く跳ね上がるけれども、チャンスはそうそう転がっていません。
具体的に考え始めたのは1年くらい前からのことでしたが
夫にしてみれば新婚旅行で行けなかったという思い、
私にしてみれば15年前から気になっていた「アマルフィ」という腰越あたりにある
イタリアンレストランの名前の由来を
この目で確かめてみたい!という思いでした。
地形が似ているということだそうで、南イタリアのそこはどんななんだろうか・・・
映画に先を越されてしまい、今や日本人ツアー客が押し寄せてしまうリゾート地になってしまいましたが
とても奇麗なところでした。
写真は少し手前にあたるポジターノの展望台から。
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アマルフィの教会
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お土産にしたい絵皿
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これから少しずつ旅行の思い出を綴っていこうと思います。





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 2011_05_14



15年越しの思いで実現したイタリア旅行も
10日間という行程の中、北から南まで名所の数々を通過し
世界遺産を11も見て回ることが出来ました。
ミレコロのお留守番が不安でしたが
テリーの代からお世話になっている、
かれこれ16年のおつきあいである獣医さんに
預かっていただきました。

旅行日記は、週末にならないと書いている時間が無いので
今日はこれでおしまいにします。


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 2011_05_12




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プロフィール

silk

Author:silk
愛猫から始まったミレコロ日記。美麗から美月に変わり、心たんも9歳になった2016年からは、
これまでのつぶやき、旅日記に加え、タッセルの話も綴ります。

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