みれいへ

4歳と7ヶ月
あなたがママたちの家族になってからは4年と4ヶ月
突然別れがやってきて、まだ4日しか経っていません。

みれい、天国にはちゃんと着きましたか。
ばあばやテリーが迎えに来てくれたでしょう?
ちゃんと会えて、一緒に居るのよね?
さびしくないよね?

みれいに寂しくないよねって言いながら
ママは毎日涙があふれて仕方がありません。
昨日は「仕事やめたい」とパパにも話したくらい
生き甲斐のような張り合いが一瞬でなくなってしまいました。
みれいが心配するから、安心して天国に行けないから
がんばれってみんなが応援してくれて何とか頑張っています。
そして、あなたのことを書き始めたこのミレコロ日記を
最初から読んでは懐かしい思いとまたまた涙と
日記に残しておいたので、忘れているような出来事も
ゆっくりと思い出しています。
そして、あなたがこの家の子で幸せであったことを
ゆっくりと確かめています。

みれい、パパが毎晩あなたが居ないといって深いため息をついています。
がっくりしているのがよく分ります。
夕べは酔っていたけれど、「パパはみれいちゃんが大好きだったんだよ」と
うわごとのように言って泣いてました。

みれいのてんかん発作は本当にひどいものだったね。
みれいの小さな身体が発作で半分くらいに減ってしまうほどの
全身の痙攣・・・なんでわたしがこんな思いをするの?
そう言いたかったよね・・・
ごめんね・・・助けてあげられなくて。
ごめんね・・・ずっと辛い苦しい思いをさせて。

昨日ね、ママの職場のお友達が
みれいの写真をいれるフレームに、みれいに似合う色のばらの花を使って
作ってくださって、ママにプレゼントしてくれました。
みれい、写真のみれいはいつものみれいの朝の顔。
ママのこと、いつもどこかで見つめていてくれたよね。
みれいがママを慕ってくれていたこと、ようく分りましたよ。

天国では、もう痛いことも辛いことも無いよね。

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 2012_12_08



みれいが、12月4日の夜8時過ぎに、4歳と7時ヶ月の短い生涯を終えて
天国へと旅立ちました。
今日6日の午前には、先代の愛犬アイリッシュセターのテリーもお世話になった
白峯寺動物愛護の会で火葬を行いました。
さきほど帰宅して、リビングの日当りの良いところに遺骨を置いてみれいの遺影を飾ると、
そこに今でもちょこんと座ってこちらを見つめているような気がして
何かするたびに涙があふれてきます。

ここ数日の低気圧のため、てんかん発作もかなりな重積となり
とうとう持ちこたえることができなくて息を引き取りました。

先週は窓辺で、兄貴分のきょうだいで生まれた時からずっと一緒の心(ころ)と
まるで夫婦みたいに寄り添う写真を撮ったばかりでした。

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「ミレコロ♪ こっち向いて」というと、すぐさま示し合わせたかのように
2匹はお互いと向き合う形で振り向いてくれました。

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先週見せてくれた穏やかな日常の一コマです。
なのに一転、低気圧のひどいものがやってくると、決まってみれいはてんかん発作を繰り返します。
今回の冬の激しい低気圧がやってくる事に対して、私たちはとても危機感を覚えていました。
思えばこのひと月は発作らしいものがなく、だんだん抵抗力やペプチド効果が出て
発作を起こしてもほんのわずかで済むようになったのかも知れないと喜んでいた矢先でした。
友人知人にもそう話していたので、この突然の死に「なんで?」と絶句されたりするくらいでした。

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その日帰宅するとみれいは、私のベッドの足下に横たわっていました。
息子が一足早く帰宅していたようで、その時はまだ息はしていたとのこと。
「そこで倒れてるけど凄かった」と言いながら荒れた部屋の掃除する手をとめて覗いてくれましたが、
「なんか、死んでるみたい・・・」次に発せられた言葉は信じ難いものでした。
私は手荷物を放り出して抱き上げると、、、
顔はそれほど苦しそうではないのですが、それでも断末魔を伺わせる固い表情をしていたので
そのまま抱きながらしばらく「みれい」と呼び続けながら心臓に手をあててみたり・・・

身体はまだとても温かくて、瞳も少しぎらぎらとしていましたから
もしかしたらこんな時、医療機器があれば命は繋がれるのかもと思いました。
でも、みれいは4年余り、発作と戦い続けてきて、これ以上の投薬は出来ないという限界量を投与していても
軽減されないほど酷かったので・・・死をもって苦しみから開放されるんだと思うと
このまま安らかにと祈る気持ちが優先したのは言うまでも有りません。
できることなら、安楽死をしてやれれば良かったのかも知れません。
決断はそこまではできませんでしたが、発作の最中はそのように思う気持ちが
過らないでも無かったのも事実です。

動物は死ぬまで絶対に生きる。
その瞬間までとにかく懸命に命の限りを尽くして、そうして亡くなっていくと感じています。
みれいもそのとおりの最後だったのでしょう。
最後の瞬間には寸でのところで間に合いませんでしたが
きっと私の声は届いていたと思います。

写真は、ただ眠っているかのような安らかさでしょう?


翌日(昨日)は
仕事に行きましたが、職場でも心配してくださる友人のお陰で何とか一日頑張り
みれいにとお花までいただいたりしながら帰宅早々に
天国への嫁入り支度をしなくちゃ・・・といろんな花で包んであげました。

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とても綺麗な花嫁さんになりました。

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みれい・・・天国は遠いところだけどちゃんと迎えに来てもらうように
ばあばやテリーにお願いしておいたからね・・・
残されたオニイチャンのころもずっとそばで寄り添ってあなたのことを心配していました。
そして寂しそうに鳴いていましたよ。ちゃんと天国へいくんだぞと。
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葬儀を行った今日は、朝までの雨で湿った地面でしたが
みれいが天国に登って行くころにはこんな晴天になりました。

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晴天がこんなに悲しいものだと初めて知りました。
晴れ女ではあるものの、誰かの葬儀では必ず雨がぱらつき
天も泣いてくれるんだと言った父の言葉が思い出されるほど
小雨でも雨が降った記憶しかありません。
なのに、今日はなんという晴れた空なんでしょうか。
余計に悲しくて
みれいが「ママもう泣かないで」と空から言ってくれているようで
なにかにつけ涙があふれて止みません。


これだけの重病を抱えた猫ならば、寿命はそう長くはないと覚悟はしていました。
でも、こんなに早いとは夢にも思いませんでした。
みれいは、私たちの大切な娘でしたから、人間の子供ではなくても
どこかへ行けば「これ、みれいに買ってあげたいね」という会話をよくしましたし
遠い国へ嫁に出したと思わなければ人間が壊れてしまいそうなほど悲しくて仕方が有りません。

このミレコロ日記も、みれいのことを書こうと思ったことがきっかけでした。
これからはみれいの思い出日記となっていくでしょうか。
みれいとここでおしゃべりをすることもあるかも知れません。

みれい
ママの子になってくれてありがとう。あなたのこと絶対に忘れない。
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 2012_12_06




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Author:silk
愛猫から始まったミレコロ日記。美麗から美月に変わり、心たんも9歳になった2016年からは、
これまでのつぶやき、旅日記に加え、タッセルの話も綴ります。

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